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監視社会と私達 [社会問題]



監視社会 

日本での始まり。
「子供の安全」への関心が高まったことで、監視社会への注目度が加速した。

・性犯罪者にGPSをつける。
・子供にGPSを持たせる。

実際は「子供の安全」を侵害しているのは性犯罪者よりも圧倒的に親や教師が多いのにもかかわらず、その問題はガン無視して、加害者としては比較的少数に入る性犯罪者にGPSをつけたり、子供にGPSを持たせただけでは真の「子供の安全」は守ることができない。

事実、GPSを持っていた女児が奈良で誘拐、殺害された事件がある。この事件を契機に世論は監視社会への移行が加速した。しかし、本来ちゃんと目がある世論ならばこの事件を通して得る教訓は「GPSなんてクソの役にも立たない。」となる所が、日本の(企業戦略に)良心的な世論は監視社会へ実質的にGOサインを出した。なぜGPSへの信頼度がそこまで親のなかにあるのか私には解せない。

これは日本で起きる様々な事由で言える日本人らしい態度なのかもしれない。
皮肉にも「安心」「安全」という言葉が呪文のように機能し、複雑な社会を見ないために安易に技術に飛びつくそういう魔術的な信仰みたいなものが世の中を覆っているようにみえる。

例えば、防犯グッズ:一時期流行とまでは言わないが、子供を常にGPSで追うココセコムみたいな商品が爆発的に売れた経緯がある。この親たちは実際には「安全」を買ったのではなく、親主権的な「安心」を買っているだけなのだ。GPSを持っていても殺される時は殺される。それが奈良の女児誘拐殺人事件だけみても明らかだ。実際に「子供の安全」を守りたかったら、そういう社会にするしかないわけだが、そこにあるIT産業の進出(安易な技術に飛びつく)、その前の製造業産業の拡大(地域社会の崩壊)、街の商店街がシャッター街と化し、安易に時代を進歩させたツケが私達の子供の世代に来ているのではないか。本当の「安全」を考えることもなく、「安心」にすがりつき実質なんらポジティブな効果も結果も得られない今の監視社会。その副作用はプラバシー情報(位置情報)を常に第三者のデータベースに蓄積される。自分がどこにいるのか。自分の子供がどこにいるのか。データ化された情報はプライバシー情報としてとても貴重なものなのに、そこには目を向けない今の監視社会。

そこであなたのいる街に目を向けて欲しい。街頭はカメラだらけになりつつある。私は街頭にカメラを増やし続けるのは余りに安易な「安心」を私たちは買っているのではないかと思う。実際私達の社会の「安全」を守るのは人であって機械や技術ではないということを心に留めておいていただきたい。何度も繰り返し言っていることだが、科学技術が進歩したからといって人間一人がその技術を使うだけで頭が良くなるわけではない。安易に科学技術に飛びつくのはトレンド重視の日本では仕方がないのかもしれないが、科学が進歩したからって人間一人一人、国、地域社会が進歩したことにはならないことをどうか理解していただきたい。科学技術は私達の社会を良くしてくれる可能性であり、答えではないことをここでもしつこく書いておく。

以上くまでした。


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